2012年12月31日月曜日

2012年の終わりに。

まもなく今年も終わります。
もう終わるような、やっと終わるような、特に今年はよく分からない感覚になってます。


禅の言葉に、

さとりのまえ、木を切り、水を運んでいた
さとったあと、木を切り、水を運ぶ

という言葉があります。
何も悟ってないけど、今年はそれが身に沁みる年になりました。


昨年末は父の病気が発覚して、連絡を受けたのは出張先へ向かう新幹線の中でした。
不安な思いで仕事を終えて、迎えた年末年始。。
でもその時はまだ漠然と、父も一緒に過ごす時間が何年かはあると思っていました。

職場の帰りに病院へ通い、仕事も忙しかった為に人生初の胃潰瘍になり、胃潰瘍なんて一ヶ月くらいで治ったけど、父の病気はそうはいかなかった。


治療の為に入退院を繰り返していた父ですが、夏が始まる頃まではそこそこ食欲もあって普通に一緒に食事にも行ったし、この辺りからは多少距離のある迦葉山へも行きました。
迦葉山は沼田市にある古くから天狗信仰としても有名な曹洞宗のお寺です。
子供の頃に連れて行ってもらったのですが、天狗の大きな面が怖くて中に入るのを嫌がって泣いて、抱きかかえられて本堂に入った(入れられた?)記憶があります。
本堂の中に安置されている天狗の面はかなり大きく威圧感もあって、しかも天井から壁いっぱいに堂内にいる人を見下ろす形で置かれているので、大人になってもちょっと怖い感じがあります。

祈る事は一つ。


日頃から「最後は自分自身だ」等と豪語して、信心深くもなく俄かな神仏頼みでしかない私の願いを、聞いてもらえるはずもなく。。
と、父が亡くなった当初は思っていました。
今は、分かりません。



デコピンでもしたら怒って起きるんじゃないかと思うくらい、それはただ子供の頃から見ていた父の寝顔でした。
寝入り端を起こすと怖い父そのままの、寝顔でした。

だから荼毘に付すのは辛かった。
泣き止もうとしてるのに止まらないのは初めてだった。
息を引き取る瞬間と同じくらい辛かった。
もう少し一緒にいたかった。


亡くなる数日前、車椅子を押して近くを散歩して、ドライブに行く約束をしました。
亡くなる日も、金精峠にするか、いや尾瀬もいいかな、そうだ皆でしゃぶしゃぶ食べに行くんじゃん、と考え得る限りの嘘を吐きました。
ただ笑って欲しかった。
声を出す事も難しくなっていた数時間前、私の名前を呼びました。
何を言おうとしたのかは、結局分かりませんでした。

苦労が多かっただろう父の人生ですが、最期まで父が家族を思っていたように、家族皆が父を思っていました。
これからやっとのんびり出来るはずだったと思う事はあるけど、向こうでのんびりしていてくれる事を願ってやみません。
マイケルに会えたかな。。よろしく言ってくれたかしら。



葬儀の全てを終えて自宅に帰って、寝る前の習慣でヨーグルトを食べようと蓋を開けたら、蓋の裏側に「今日も生涯の一日」と書いてありました。
父が言っているような気がしました。

分かってる。
分かってるよ。

実感はないのに空白感だけがあるとでも言うか。。

直後はふと父を呼んでみたり、解約して空になって形見として私が保管している父の携帯に電話してみたり。
子供みたいな事ばかりしていました。
父よりも年上の方を見ると、本当はそのくらいの年齢のお爺ちゃんになるはずだったのにと思うし、何かで日付が出れば、父が居た時、居なくなった後、と変に区別していたり。
何よりも、あんなに子供好きな人に、孫を抱かせてやれなかった事が一番辛い。
さすがにもう落ち着きましたが、最初のひと月くらいはきつかったな。


父の事に限らず、どんなに悪い事も、逆に好い事も、生涯の内ではそんなに長い時間じゃない。
ある日突然起こる、事故も、事件も、災害も、気付かなかった病も。。嬉しい出来事や、新たな出会いも。。
日が明けては暮れて、お腹が空けば食事をするし、時間になれば寝て起きる。
当たり前のように毎日は変わりません。

時間だけが誰の上にも平等に過ぎていきます。
その中で少しずつ癒されて、立て直されて…諦めがつかなくてもやっていくしかない時もあると思います。
それなら、どこかで割り切りながら折り合いを付けながら、色んな事を考えたり考えなかったりしながら、辛い事だって楽しんでやるくらいの根性の悪さが、少しくらいあってもいいかなと思うようになりました。



そんな事を、今年は身を以て学習しました。
グズグズ考えてた色々を書き出しました。




今では、実家で座る人の居なくなったソファの上の鴨居から、また私の部屋の桐箪笥の上で、家族を見守っています。





これは子供の頃から父に言われていた事です。




父曰く、祖母の受け売りだと言っていましたが、ちょっと調べてみました。
「気心腹人己」「気を長く、心を丸く、腹を立てず、人には寛大に接し、己を小さく、謙虚にすべし」という、達磨大師の言葉との事です。

「でも腹が立つ事もある」と反論した時、父に重ねて言われました。
「腹が立ったら何も考えずに10秒数えなさい。10秒数えてそれでも収まらない時は怒ればいい。」
10秒以上数えてしまい、怒るタイミングを逃しては怒るに怒れない私と相成りましたが(笑)



父の影響を大きく受けて育ったんだもの。
ありがとう。
いつかきっと、また会えるよね。






そしてまだ、母が居てくれます。
頼りない母だけど、弟と二人、母を助けて来年からは好い年にしていきます。

また喪中の身の上ですので、年始のご挨拶は控えさせて頂きます。
来年もまたよろしくお願い致します。



皆様、好いお年をお迎えくださいませ。








2 件のコメント:

  1. 人生の指針を示してくれた素敵なお父様だったのですね。
    Megさんの思い、お察しします。

    不思議な話ですが、母の葬儀の時、私のいとこの子ども(当時2〜3歳)が「おばちゃん(母のこと)がおじちゃんを探してるよ」と母の祭壇を指差して話したそうです。
    子どもには見えるんですね(^^;;

    魂の存在を再認識したエピソードでしたが、Megさんのお父様の魂もきっと、Megさんとご家族の頑張る姿を見守っていらっしゃると思います。

    さて、今日はとっても良いお天気ですね。
    2013年がMegさんにとって、今日の青空のような清々しい良い年になりますよう、お祈りいたしてます。
    今年も宜しくお願いします。

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    1. Chloeさん

      ありがとうございます。
      つい良い事ばかり並べてしまいましたが、だらしのない面もありました。。(汗)

      小さな子は感受性が豊かですよね。
      祖父の葬儀の時に、小さな子が「おじいちゃんがいた!!」って言っていました。
      残念ながら私には父の姿は一度も見えません。それでいいのかも知れません。

      Chloeさんのお母様も、葬儀時には祭壇から色々心配されていたんでしょうね。
      きっとみんな、空の上から見守ってくれていると思います。

      2013年はまず、父の墓前へ行って来ました。
      Chloeさんにとっても、素晴らしい一年となりますように。
      本年もどうぞよろしくお願いします。

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