2016年4月24日日曜日

変化していくということ

世の中には、毎日とか日常とか、同じことが続いていくと感じる人と、著しく次から次へと変化していくのを感じる人とがいるようです。

私は多分、外側から見たら後者。
でも自分の中では前者。

例えば一ヶ所の職場でずっと長い時間を過ごしていても、その中での変化が必ずあります。
私はここ数年間は、これで落ち着くだろうと思うと何かが起こるという状況にあったからか、ずっと変化の中にいるという感覚でいっぱいですが、基準になるところはさほど変わっていなかったりします。
あ、でも何となく変化せざるを得ない状況にされてたような感覚はあるか。。

要は、どこに重きを置くかということに尽きるんだろうけど。

今は自分でどうにかしようと思っても、自分が動き回るだけでは、どうにもならないところにいるのを感じています。

縁。

こればかりは待つしかない。
けど、ただ待つのは結構しんどい。

自分に出来ることをやって、ただじっと待っていれば、待った甲斐があったということになる気がしているので、今はとにかく待つ時だと思っています。

焦ったところでどうにもならない。
不安になっても同じ時間を、我慢してどう気持ちをコントロールするかが今の私の課題なのかも知れない。

まぁ、もうすぐそんなことも言ってられなくなる時が来るだろうけど。

そんな状態の中で、改めて熊本地震もさることながら、東日本震災の被害を受けた地域の今も同時に考えます。

生活の上で、熊本は今が一番辛い時かも知れません。
その後、それぞれの自宅をどうするか等の諸手続きに翻弄されて、そこから新たな生活の場を作っていく。

東北の被災地では、原発の問題が復興を足止めしてしまっていましたが、少しずつは変わってきている。

私の今は、食べる物があって、寝るところも時間を過ごす場所もあって、その意味では何不自由ありません。
だから、同じ状況ではありませんが、この宙ぶらりんな、どこに着地点を見つけられるのかが全く見えずにいる心境だけは、微細ながら分かるような気がしています。

でも、どんな人にも平等に同じように言えることがあります。

人は、変化せずにはいられない。
その変化は、時に悪い変化もあるけれど、そこから良い方向へ変化させようと考えるなら、その通りになります。

大丈夫。
想像すれば、誰もがなりたいそれになる。
ただし、その想像がポジティブならそうなるし、ネガティブならそうなります。
辛い時は我慢せず、でも基本的には「何とかなる」と良い意味で楽観的にいられれば、気分はかなり楽になるはずです。

とか何とか、自分に対して言い聞かせてるだけかもね。
頑張ろう。


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