2013年8月2日金曜日

執着を手放す。

ここんトコふざけた内容が多かったので、今回はちょっとシリアスに更新します。

時に、執着を捨てたい、手放したい、とか聞き及びます。
私自身にも一般的にはホントにネガティブな執着があります。
もうそろそろ手放す時だろうかと思ってます。
持っててもしょうがない。と思い始めたような。

でも実際に執着を手放すって何を手放したらいいのか?
今までの経験や体験を通じて考えたり感じ取ってきた事から、私なりにまとめてみました。
あくまでも個人的な見解を含みます。



【執着・執著】シュウチャク・シュウジャク
強く心をひかれ、それにとらわれること。
深く思い込んで忘れられないこと。 by 広辞苑



辞書を開いて載っているのはそれくらいのこと。
まぁ。。概ね良い意味では使われない。


執着する対象は大体「欲」に関わることなんだろうけど。
金銭、色恋沙汰、仕事だったり、自分にはない才能を追いかけることだったり。
或いは、過去だったり根拠のないプライドだったり。


分かりやすく恋愛を例に挙げてみます。

ある女性にはずっと好きな男性がいる。
女性は悩みます。
男性に執着してしまう自分をどうにかしたい。
他のことに手がつかない。

すんごい大雑把にはそんなトコでしょう。
細かいシチュエーションは割愛します。
色んなケースがあるからね。
男女逆バージョンもあるかもだけど、そこは逆に捉えてください。


その場合、執着を捨てたり手放そうと思ったら、女性は男性を忘れなければいけないのか?


結論だけならそんなことありません。


大抵、執着するのは「人」や「物」に対してではない場合が多い。


何かに執着するのは、自分に自信が持てない時が多いように感じます。
心の余裕とでもいうかな。

恋愛や結婚生活がうまくいってる人から、そこに関して「執着してる」とか聞きません。
お金持ちである程お金に執着しないでしょう。

余裕がないから、執着するみたいです。
ボロは着てても心は錦、だったら執着もしないのかも。


上記の例に話を戻すと、


女性は男性自身に執着しているのではなく、男性を好きな気持ちを諦める時の喪失感や空白感を怖がるあまり、その好きな気持ちを保つ事そのものに執着している、というのが現実的なようです。

人は新しい不安よりも、慣れている不安の中にいる方が安心するものでもあるからです。
故に、慣れた不安にすがって離れられない。


仮に、男性が酷い人だったとします。
暴力を振うとか、浮気をするとか、お金にだらしがないとかね。

それでも女性はすがりつきます。
男性に、ではなく、自分の気持ちにすがりつく訳です。
本当は優しい人で自分が悪いからだとか、最後は自分のところに戻ってくるとか、やれば出来る人なんだとか。
そういう大義名分を捏造しては自分の気持ちから離れようとしない。

例に挙げた女性は一見、利他的に見えます。
でも実は利己的なんですね。
相手のことを本当に好きかどうかと、自分の中で捏ねくり回してる考えとは別のもの。
女性にとっては自分の気持ちが大事ということです。

執着するとはそれをいうんじゃないかと。
執着するのは主観が先立っているからなんじゃないかと、思う訳です。



じゃあ、それを止めるにはどうすればいいか。
つまるところ他のことを考えるに尽きるかも知れません。
他のことを考えられないから執着してるんだけどね。
よく趣味でも持って他に目を向けろとか言うけど、それが出来ないから執着してるんだしね。

いいんじゃない。そのままでも。
何かに執着してる自分をただ受け入れたらいいと思う。

ああ、今自分はそこに執着してんな。って。
全部自分で選んで認めることが、自分の人生に責任を持つことでもある。
悩んだり迷ったりしてるなら、悩んだり迷ったりしてることを受け入れる。
いっそ他のこと考えようってじたばたせずに、どっぷりその中にいてみる。
他のこと、考えない。
その内疲れてくる。
本当にずっと他のことを考えずにいられるならね。

それで、何年も経っちゃったら?
辛いことをいうようだけど、自分で選んだんだよ。
人の所為にしようとするから、執着もすれば不幸にもなる。
いつだってそこから抜け出せる。
そうしないのは自分自身のエゴに従うからです。
そしてどうして自分はいつまでも不幸なんだろうってサイクルが出来上がります。

人によっては無意識に不幸であり続けようとしてるとしか思えない人もいるし、幸せになりたいと言いながらとりあえず「不幸ではない(不幸だと感じない)」状態を維持しようとする人もいる。
それも多分、執着っていう。

責任は取るんじゃなくて、持つんです。
何につけ、責任を取るというと「この腹かっさばいて…」とかを想像するのが日本人の悪い癖だけど、責任というのはそれこそ生まれた時から持たされているもの。
それを自ら持つかどうかです。
何かに執着するにも、自分で責任を持つんです。
執着とかしてられなくなると思う。

持たされていると思えば辛くなる。
そのシチュエーションで腹をかっさばけば、無責任です。
元来、切腹はそういう意味で行われたものじゃないからね。

いや、責任なんて嫌なら持たなくたって全然構わないのよ。
自分以外の人からしたらね。ホント、他人にとっては激しくどうでもいい事。
本人が単に不平不満ばかりで過ぎていく人生になるだけだろうから。


未成年の内は、著しく法を犯さない限り社会的な全責任は親にあります。
でもその子の人生の中ではもっと先の未来の自分に課せられる責任があります。

例えば、子供の頃に辛い思いをして、子供であるが故に受け入れられなかった過去や記憶が、大人になった後まで本人を悩ませるというような。
逆に、子供の頃に周囲に甘やかされて蝶よ花よと育てられた結果、本人もそういうものだと思い込んだまま大人になってしまったような。

子を持つ親御さんには幼い子にも責任がある等という表現に反感を持つ人もいると思います。
否定はしません。当然だと思うので。
ただ、思えば私自身が時々何かの折に父から言われていた事があります。

「親が代わりに背負えるものなら何でも背負ってやる。でも幾ら血の繋がった親子でも背負ってやれないものがある。だからそれをお前達(私と弟)がそれぞれ背負っていけるように育てるのが親の役目だと思ってる。」

当時はその意味がよく分かりませんでした。
でも今は分かります。
多分父はそこまで考えてなかっただろうけど、煎じ詰めれば「自分の尻くらい自分で拭けるようになれ」という一方で、いつまでも親に頼っていて欲しいという気持ちがあったのかも知れません。

父はせっかちで、何かに執着するのを嫌うひとでした。
グレーな部分に悩むタイプというか。
さっぱりしたひとでした。

かと言ってあまりに執着しなさ過ぎて、「もっといい人がいるかも知れない」とか「もっといい仕事があるかも知れない」とかも問題だけど。
それは「青い鳥症候群」という不定愁訴っぽい病名がつきます。


恋愛を例に挙げたけど、他のことにも置き換えられると思います。
何かに執着するのは、受け入れられない感情の中での事だと思うんだよね。
人の性格とか性質ってそんなに変わらないけど、感情はしょっちゅう変わります。
そんなものに振り回されるのか??
失くしちゃうとそれはそれでつまらない人生。
でも感情は一時的、部分的なもので、その人自身ではないはずです。

少しでも執着を手放すヒントになれば幸いです。
エラそうだな~。アタシ。


少しでも軽くなれれば。
ということで、過去記事ですが載せておきます。

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ホントかよ(´・ω・`)





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